そもそも、どうして私が適応障害になったのか自己考察
どうしてなんて、ぶっちゃけ私が聞きたい。
でも、こうしていても仕方がないので、自己分析を行ってみようと思います。
心療内科に行って、カウンセリングと一緒に、人格分析もしてもらった。
- 何か問題があったとき「私が悪い」か「誰も悪くない」という反応
- →それでは問題解決にならない。それに、自分がしんどいことになる。
- 耳から入る情報の処理に時間がかかる。
- 見たことやしっかりとマニュアルがあれば、スムーズに遂行することができる。
- 何度も行ったことのある作業に関しては、問題なく遂行することができる。
- しかし、事慣れないことになると、どうしたんだと思うくらいに時間がかかってしまう。
- →いつもはこんなに時間がかからないのに、どうしたんだろう、さぼってんのか、という評価が付かないとも限らない。損だね。
- 流れ作業や同じような作業を淡々とこなすことは特異。
- 臨機応変に対応することが苦手。右往左往してしまう。
なんていう結果だったように思う。
なんとなくうろ覚え。メモ、実家だわ。
臨機応変に対応できないなんて、そりゃナースしんどいわ。
テストを受けて一番に思ったのがそれだった。
そうか、だから聞いただけでは動けなくて、きちんと理解するのに時間がかかったんだ。25にしてやっと気が付いた。一気に腑に落ちて、やっと飲み下すことが出来た。
自分が感じていた生きにくさの原因は、これだったのかもしれない。
看護師として病棟内で働くには、マニュアルというものは存在している。しかし、実際に行われている業務との正誤性がない場合がないわけではない。
一部マニュアルが存在しない、古すぎて使い物にならない、など
マニュアルの意味をなさない事項があるのも事実だ。
それは多かれ少なかれいろんな場所で横行しているのが実際だ。
ぶっちゃけ、マニュアルが無効化されていても自分の中でルール化できていれば、業務をこなすことも、難しいことではない。それは、何度も同じことを繰り返し、失敗も込みで覚えていくことになる。
だから、泥臭いながらなんとかかんとか看護師を続けてこれた。
- 何か問題があったとき「私が悪い」か「誰も悪くない」という反応
これに関しては、私の生まれもかかわってくると思う。
私は母子家庭出身だ。
母親は父親の代わりをも果たそうとする。
その一方で、第一子は基本的に母親の相談役や、同胞の仲裁・全体の調整役、あるいは第二の大黒柱になる覚悟をする。
そうなると培われていくのは、人の顔色を窺って、場の調整を行おうと、
自分に非がなくても、泥をかぶり問題を解決しないまでも鎮火させようとする。
これにはいくつか説がある。アダルトチルドレンをご存じだろうか。
アダルトチルドレンとは、
アダルトチルドレン(Adult Children)とは、「機能不全家庭で育ったことにより、成人してもなお内心的なトラウマを持つ」という考え方、現象、または人のことを指す。頭文字を取り、単にACともいう
ACにはいくつかタイプがあるが、固定しているわけでもない。虐待の有無も関係ない。子ども時代に子どもらしく成長できなかったことが、原因ではないかと思う。
道化、世話役、人形、英雄、身代わり、迷子
この中で、いくつかを子供は担う。そうやって何かが足りない家庭で、役割を見つけてなんとか生き残っていこうとする。必死の作戦だ。
残念ながら、私の同胞たちは、同じように欠陥を持っている。でもそれを込みで私は大変愛おしく思っている。
欠けたまま、愛せる。家族ってそういうもんだよね。
白熱しちゃった。ACについては、また機会を設けようと思う。
- 耳から入る情報の処理に時間がかかる。
次はこれ。
ナースになると、経験年数と比例して、指示を出すときの
語数が減って来る印象がある。
発した本人は、当然伝わっていると思うし、受け取った側の問題なのかもしれない。多少理不尽だけど。
実はそういうことは少なくなく、看護師→看護師でも、医師→看護師でも。コメディカル含め。
口約束というか、口頭で伝達されることは少なくない。
電子カルテが導入されて、比較的伝達ミスが一般的には減ったのかもしれないが、
それすらない現場はたくさんある。昔からの悪しき伝統が根強く残る古い病院なんかは、その悪習はまだまだある。
「○○やっといて!」
それがなぜ必要なのか、いったい誰に行うのか、そもそも私に行ったのか、
個別性があり主義がマニュアルとは違うのにそれの指示もなかったこともあった。
そういう耳から入ってくる状況に、私は疎いらしい。
なるほど、わからないことがちょいちょいあったのは、私のアンテナがぶっ壊れていたからなのか。納得。
- 流れ作業や同じような作業を淡々とこなすことは特異。
それでいて、配薬やナースがあまりしない、看護助手の仕事は、とっても好きだ。
入浴の直接介助なんて、楽しくて仕方がない。
淡々とこなすことは、本当に得意なんだけどなあ。
っていうのが、名前も忘れた人格診断の結果から
私の自己考察。
ずっとずっと、なんでこんなに生きにくいのかと思っていたし、
学生時代から、どうやったら迷惑をかけないで死ねるか
そんなことを考えながら、生きることに負い目があったのは、
きっとうまく生きられなかったから。
良く生きてきたな。自分。
良いよ、まだ死ななくて。
もう今年29だよ。死ぬ目標だった20歳から、もうこんなに生きてしまった。
だったらもう、そのまま生きてなよ。どうせ長生きなんてしないって。
死はご褒美。